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【熊本城下町散策シリーズ~新町エリア⑦】加藤清正公が築いた上職人町、中職人町、下職人町をぶらりと散策してみた!

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熊本市の有名観光地の一つ「熊本城」。

熊本城を築城した加藤清正公は現在の熊本の基盤を造り、熊本の人からは「せいしょこさん」の呼び名で親しまれています。

その加藤清正公が熊本城築城とともに行ったのが城下町の整備でした。

この城下町は現在、どのような姿になっているのでしょうか。

そんな城下町を巡る「熊本城下町散策シリーズ」。

新町エリア第五回目となる今回は、加藤清正公によって築かれた城下町「新町」エリアの一角、上職人町(かみしょくにんまち)、中職人町(なかしょくにんまち)、下職人町(しもしょくにんまち)(現在はこの町名ではありません)を訪ねてみました。

5つの城門に囲まれた城内町で、短冊形の町割の新町エリア。

このエリアの町を散策しながら、その歴史と現在の姿をご案内します!

 

加藤清正公が築いた城下町と新町について

熊本城の築城と共に整備された城下町です。

加藤清正公は1601年から熊本城の改築に着手し、城下町の整備も進めました。

その際、「新町」と「古町」、2つの城下町を造りました。

新町は熊本城の正面にあたり、5つの城門に囲まれた城内町で、短冊形の町割の中に御家中の武家屋敷と町人町が混在する全国でも珍しい町でした。

古町は、火事による延焼防止および有事の際の軍事拠点として碁盤目状の中心に寺を配した「一町一寺(いっちょういちじ)」の町割の中に、坪井川の荷揚げ場を有する問屋が軒を連ね、物流の拠点として発展しました。

 

旧・上職人町、旧・中職人町、旧・下職人町について

上職人町の案内板

中職人町の案内板

下職人町の案内板

旧・職人町は、上、中、下の三町が南北に続いているエリアです。その名の通り、藩用の常備品などを製作する職人が集住していたようです。

西南戦争後は、菓子製造業の町となり、「菓子の町」として県外にも知られていたようです。

マップ

今回のエリアの現住所は新町3丁目、4丁目となっており、城下町時代の名称は使われていません。

そのため、はっきりと町名で区分することはできませんが、案内板をもとに現在のマップと照らし合わせてみます。

上職人町は、だいたいこのエリアになります。

中職人町は、だいたいこのエリアになります。

下職人町は、だいたいこのエリアになります。

※現在ない町名であるため、「(旧)○○町」と記すべきところですが、ここからは昔の町名のまま表記します。

 

いざ、上職人町、中職人町、下職人町を歩いてみた!

下職人町からスタート

今回は、下職人町の南側からスタート。

今回は下職人町から上職人町までのⒶ→Ⓑ→Ⓒ→Ⓓのルートで散策しました。

下職人町は、「旧・新三丁目」、「旧・瓶屋町(かめやまち)」、「旧・高麗門裏町(こうらいもんうらまち)」」、「旧・新鳥町(しんとりまち)」と隣接していました。

新二丁目、新三丁目の散策記事はこちら。

高麗門裏町、瓶屋町の散策記事はこちら。

新鳥町の散策記事はこちら。

 

では、旧・瓶屋町側から下職人町の散策スタートです!

下職人町散策風景

車検工場の脇の道を歩いて行きます。

下職人町の散策風景

今回散策したエリアは、どこもまっすぐに道が続いています。まっすぐな道は気持ちがいいですね。

下職人町は、マンションが多く建ち並ぶエリア。

旧・下職人町の石標

道の途中には、ここが「(旧)下職人町」だったことを示す石碑が立っていました。

下職人町の北側の端に到着しようとしたとき、職人町ならではのお店を発見!

人形・提灯・玩具のむろやの店舗外観

「人形・提灯・玩具のむろや」です。創業は、江戸時代中(宝暦年間)以前という老舗店。人形、提灯、玩具などの卸、小売りを行っています。こちらのお店は、以前散策した旧・新鳥町にも面しているんですが、下職人町側には駄菓子屋の入口があります。

人形・提灯・玩具のむろやの店舗外観

職人町は、西南戦争以降は菓子生業業者の町となったようですが、その時からのお店が残っているんですね。

下職人町の散策風景

下職人町の北側からこれまで散策してきた道を振り返ってみました。

下職人町の散策風景

下職人町門と中職人町の間には車道が横断しています。この通りは新鳥町商店街です。

下職人町の散策風景

新鳥町商店街の通りを渡って、北側に向かいます。

中職人街の散策風景

ここから中職人町です。ここも真っ直ぐに道が続いており、見通しがいいです。

木野本商店の店舗外観

通りに入ってすぐのところに見えてくるのが、「木野本商店」です。こちらも人形や提灯、駄菓子などの卸、小売販売のお店です。

明治末期に砂糖菓子・らくがんの製造所をはじめ、その後、熊本で最初にロッテとグリコの特約店となったそうです。

森山菓子食品綜合卸の店舗外観

さらに、少し進んだところにあるのは「森山菓子食品綜合卸」です。こちらは菓子食品総合卸です。一般のお客様でも購入できます。

旧・中職人町の石標

道の途中には、ここが「(旧)中職人町」だったことを示す石標がありました。

しぼりやの店舗外観

更に進んでいくと、「しぼりや」というお菓子のお店が。どら焼きなどの和菓子を販売されています。

中村良商店の外観

そして、中職人町の北側の端には「中村良商店」と書かれた看板が掲げられている倉庫が。こちらも看板をよく見てみると、「菓子問屋」と書かれています。現在は営業していないようですが、こちらもお菓子卸だったようです。

中職人町は、西南戦争以後に名を響かせた「菓子の町」が残っている通りでした。

中職人町の散策風景

散策してきた道を振り返ってみました。果てしなくまっすぐに道が続いています。

中職人町の散策風景

ここから北の上職人町との間にも道が横断しています。この通りは「旧・新細工町」のエリアになります。

中職人町の散策風景

この通りを横断して、北に向かいます。

上職人町の散策風景

ここからは上職人町になります。中職人町は卸のお店が多かったですが、上職人町はアパートなどが多く立ち並び、住宅街といった雰囲気があります。

上職人町の散策風景

上職人町には、エリアの真ん中に道路が横断しています。通りの東側は、「旧・蔚山町(うるさんまち)」のエリアになります。

上職人町の散策風景

通りの西側は、「旧・新馬借町(ばしゃくまち)」のエリアです。

旧・上職人町の石標

ここにも、ここが「(旧)上職人町」だったことを示す石標がありました。

上職人町の散策風景

上職人町の北側の端に到着。これまで散策してきた道を振り返り。この反対側は、「旧・新魚屋町(しんうおやまち)」のエリアです。

 

上職人町、中職人町、下職人町散策 ~ まとめ

今回は、加藤清正公が築いた城下町「新町エリア」の中から、上職人町、中職人町、下職人町を散策しました。

藩用の常備品などを製作する職人のお店はありませんでしたが、西南戦争以後に発展した「お菓子の町」としての雰囲気はいまだに残っていました。

その当時からの町の雰囲気を感じながら、楽しく散策できました。今回はできませんでしたが、駄菓子を買いながら散策するのも楽しそうですね。

熊本に観光に来られた際には、古町エリアに加え、新町エリアも散策してみることをおすすめします。

 

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  • 記事を書いたライター
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グルメや観光情報、おすすめスポットなどを紹介している『ぐうの日々もろもろ』を運営。熊本日日新聞社が発行しているフリーペーパー「くまにちすぱいす」にもグルメ記事を寄稿中。

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