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【熊本城下町散策シリーズ~新町エリア③】加藤清正公が築いた新一丁目をぶらりと散策してみた!

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熊本市の有名観光地の一つ「熊本城」。

熊本城を築城した加藤清正公は現在の熊本の基盤を造り、熊本の人からは「せいしょこさん」の呼び名で親しまれています。

その加藤清正公が熊本城築城とともに行ったのが城下町の整備でした。

この城下町は現在、どのような姿になっているのでしょうか。

そんな城下町を巡る「熊本城下町散策シリーズ」。

新町エリア第三回目となる今回は、加藤清正公によって築かれた城下町「新町」エリアの一角、新一丁目(現在はこの町名ではありません)を訪ねてみました。

5つの城門に囲まれた城内町で、短冊形の町割の新町エリア。

このエリアの町を散策しながら、その歴史と現在の姿をご案内します!

 

加藤清正公が築いた城下町と新町について

熊本城の築城と共に整備された城下町です。

加藤清正公は1601年から熊本城の改築に着手し、城下町の整備も進めました。

その際、「新町」と「古町」、2つの城下町を造りました。

新町は熊本城の正面にあたり、5つの城門に囲まれた城内町で、短冊形の町割の中に御家中の武家屋敷と町人町が混在する全国でも珍しい町でした。

古町は、火事による延焼防止および有事の際の軍事拠点として碁盤目状の中心に寺を配した「一町一寺(いっちょういちじ)」の町割の中に、坪井川の荷揚げ場を有する問屋が軒を連ね、物流の拠点として発展しました。

 

旧・新一丁目について

新一丁目の案内板

案内板によると、この町はお城の表口にあたり御門があったようです。また、ここは四街道の里程の起点とされていました。

マップ

今回のエリアの現住所は「新町1丁目」となっており、城下町時代の名称は使われていません。

そのため、はっきりと町名で区分することはできませんが、案内板をもとに現在のマップと照らし合わせてみます。

旧・新一丁目は、だいたいこのエリアになります。

※現在ない町名であるため、「(旧)○○町」と記すべきところですが、この記事では昔の町名のまま表記します。

 

いざ、新一丁目を歩いてみた!

ひたすら真っ直ぐ伸びる新一丁目を歩く

今回は、旧・新二丁目(現住所は新町)との境からスタート。

新一丁目の散策風景

向こう側が旧・新二丁目で、市電通りとなっています。

 

今回はⒶ→Ⓑのルートで散策しました。

スタートしてすぐのところに、城下町の歴史を記す案内板が。

御客屋・会補堂跡の案内板

御客屋・会補堂跡」を紹介する案内板です。

現在、この場所に建物はありませんが、かつて肥後藩の迎賓館(御客屋)があったそうです。

案内板によると幕末、勝海舟や坂本龍馬が横井小楠の教えを請うために来熊し、この御客屋に宿泊したとのこと。明治時代には実学党が経営する学校「会補堂」となり、明治天皇が西郷隆盛などを従えて、熊本巡幸の際に行在所(あんざいしょ)として2泊されたそうです。

現存していませんが、ここに歴史的な建物があったんですね。

新一丁目の散策風景

新一丁目は、とにかくまっすぐ続く道路沿いにマンションが多く立ち並ぶエリアです。

この通り沿いにいくつかの小道が接続しています。

新一丁目の散策風景

まず出会った最初の小道がこちら。この先は旧・古城堀端町(ふるしろほりばたまち)です。

古城堀端町の散策記事はこちら。

車2台分が通れる広めの通りです。

 

新一丁目の散策風景

そして、さらに少し歩いたところにある小道がこちら。車が走っているところは旧・蔚山町(うるさんまち。現住所は新町です。こちらは車1台分の幅の通りです。

新一丁目の散策風景

さらに進んでいくと、旧・電信町(でんしんちょう)に接続する小道が。こちらも狭めの通りです。

電信町の散策記事はこちら。

 

新一丁目の散策風景

そして、向かい側にも小道が。向こう側は旧・蔚山町です。

さらに歩いて行きながら右手を見ると、大きな建物が。

新一丁目の散策風景

一番奥のベージュ色の壁の建物は「国立病院機構 熊本医療センター」です。かなり大きな病院です。

新一丁目の散策風景

今回の散策の終点近くには大きなマンションが建っていました。

新一丁目の散策風景

新一丁目の端まで散策し、もう少し歩いていくと、プロ野球の公式戦も行われる「藤崎台球場」があります。(照明の頭が見えているところ)

新一丁目の散策風景

さらにちょっと歩いていくと大きな通りが。このあたりが、新一丁目御門前の広場みたいなところだったのでしょうか。

新一丁目の散策風景

散策してきた道を振り返ると、あらためてまっすぐ道が続いているのが分かります。

歴史を感じる箇所は最初の「御客屋・会補堂跡」しかありませんでしたが、道路の区画は当時のまま残っていました。

 

新一丁目散策 ~ まとめ

今回は、加藤清正公が築いた城下町「新町エリア」の中から、新一丁目を散策しました。

城下町時代の歴史を感じられる個所は少なかったですが、まっすぐ続く道は歩いていて気持ちよかったです。

熊本に観光に来られた際には、古町エリアに加え、新町エリアも散策してみることをおすすめします。

 

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  • 記事を書いたライター
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グルメや観光情報、おすすめスポットなどを紹介している『ぐうの日々もろもろ』を運営。熊本日日新聞社が発行しているフリーペーパー「くまにちすぱいす」にもグルメ記事を寄稿中。

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