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熊本市の有名観光地の一つ「熊本城」。
熊本城を築城した加藤清正公は現在の熊本の基盤を造り、熊本の人からは「せいしょこさん」の呼び名で親しまれています。
その加藤清正公が熊本城築城とともに行ったのが城下町の整備でした。
この城下町は現在、どのような姿になっているのでしょうか。
そんな城下町を巡る「熊本城下町散策シリーズ」。
新町エリア第五回目となる今回は、加藤清正公によって築かれた城下町「新町」エリアの一角、高麗門町(こうらいもんまち)、高麗門裏町(こうらいもんうらまち)、瓶屋町(かめやまち)(現在はこの町名ではありません)を訪ねてみました。
5つの城門に囲まれた城内町で、短冊形の町割の新町エリア。
このエリアの町を散策しながら、その歴史と現在の姿をご案内します!
加藤清正公が築いた城下町と新町について
熊本城の築城と共に整備された城下町です。
加藤清正公は1601年から熊本城の改築に着手し、城下町の整備も進めました。
その際、「新町」と「古町」、2つの城下町を造りました。
新町は熊本城の正面にあたり、5つの城門に囲まれた城内町で、短冊形の町割の中に御家中の武家屋敷と町人町が混在する全国でも珍しい町でした。
古町は、火事による延焼防止および有事の際の軍事拠点として碁盤目状の中心に寺を配した「一町一寺(いっちょういちじ)」の町割の中に、坪井川の荷揚げ場を有する問屋が軒を連ね、物流の拠点として発展しました。
旧・高麗門町、旧・高麗門裏町、旧・瓶屋町について

案内板によると、高麗門は城下町の西の境で守りを固めるために加藤清正公が建立された門だそうです。この高麗門が設置された町ということで「高麗門町」となったんですね。
この高麗門町の南側に位置するのが「高麗門裏町」です。

旧・瓶屋町は案内板によると、町名のとおり、この町には甕(かめ)や瓶、壺などの焼き物を扱う商家が並んでいたそうです。
マップ
今回のエリアの現住所は新町4丁目となっており、城下町時代の名称は使われていません。
そのため、はっきりと町名で区分することはできませんが、案内板をもとに現在のマップと照らし合わせてみます。
高麗門町は、だいたいこのエリアになります。
高麗門裏町は、だいたいこのエリアになります。
瓶屋町は、だいたいこのエリアになります。
※現在ない町名であるため、「(旧)○○町」と記すべきところですが、ここからは昔の町名のまま表記します。
いざ、高麗門町、高麗門裏町、瓶屋町を歩いてみた!
高麗門町からスタート
今回は、高麗門町北側からスタート。
今回は瓶屋町の東側までのⒶ→Ⓑ→Ⓒ→Ⓓ→Ⓔ→Ⓕ→Ⓖのルートで散策しました。

高麗門町、高麗門裏町ともに、まっすぐ続く道路の両脇に住宅やマンションなどが建ち並んでいます。(散策ルートⒶ地点)
散策を始めると、まずお寺が見えてきます。

「長光寺(ちょうこうじ)」です。(散策ルートⒷ地点)新町エリアは古町エリアの「一町一寺」という町割はないので、古町エリアに比べるとお寺は少ないです。長光寺は無宗派のお寺だそうです。

立派な本堂があります。
ここから、またしばらく散策していると町名の由来となったものが見えてきます。

「高麗門跡」です。門自体は現在は存在してなく、その跡地に礎石と標柱が立っています。(散策ルートⒸ地点)

標柱の横には高麗門に関する説明書きがあります。説明書きによると、門は明治初年に解体されたようです。

この横には、ここが旧・高麗門町だったことを示す石碑があります。

高麗門町は一軒家が多く、その間にマンションが建っています。

高麗門町の南端で右側に曲がると、「特別史跡熊本城」の案内板があります。(散策ルートⒹ地点)新町エリアや古町エリアは熊本城の城下町であったので、ここから史跡などが多く発掘されているんですね。

案内板の横には立派な石碑もありました。

この案内板の裏には、「高麗門」跡の案内板もありました。

元の道に戻って、高麗門裏町を散策していきます。このエリアも、一軒家が多くみられます。
高麗門裏町に入ってすぐのところに、またお寺が見えてきます。

「順徳寺」です。(散策ルートⒺ地点)こちらは浄土真宗のお寺のようです。

ところどころ、高階層のマンションが見られます。
ひたすら道がまっすぐ続いていきます。

そして、高麗門裏町の南端に到着。右手を見ると、JR九州の高架線路が見えます。時間によっては新幹線も見られます。
ここから東側に向かって散策します。

ここもマンションが多く見られます。

少し歩くと橋が見えてきます。小沢橋です。橋の向こうは古町エリアの「小沢町」です。
小沢町の散策記事はこちら。
先に進んでいくと、大きな病院が見えてきます。

「熊本泌尿器科病院」です。(散策ルートⒻ地点)

この病院は西館、東館、透析センターの3つの建物があり、西館と東館は通路でつながっています。
この通りも高麗門裏町です。
さらに、進んでいくと瓶屋町に入ります。

このエリアにはマンションもありますが、車の整備工場もあります。
ただ、町名の由来となった焼き物を扱う商家はありません。

町はすごく狭いので、あっという間に東端に到着。(散策ルートⒼ地点)この先は、旧・新三丁目になります。
旧・三丁目の散策記事はこちら。
途中、案内板の紹介文を読んだりしたので、30分ほどの散策時間でした。
今回の散策の目玉となったのは、やはり高麗門跡でしょう。門自体はありませんでしたが、跡地に標柱があったので、この場所に高麗門があったんだなとイメージできました。
高麗門町、高麗門裏町、瓶屋町散策 ~ まとめ
今回は、加藤清正公が築いた城下町「新町エリア」の中から、高麗門町、高麗門裏町、瓶屋町を散策しました。
住宅やマンションが多く建ち並ぶエリアでしたが、かつて高麗門があった場所ということで、歴史を感じられるエリアでもありました。
熊本に観光に来られた際には、古町エリアに加え、新町エリアも散策してみることをおすすめします。
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