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からし蓮根はなぜ熊本だけ?江戸時代から続く「門外不出」だった郷土料理の秘密

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熊本のお土産売り場を訪れると、必ずといっていいほど目に飛び込んでくる黄色い食べ物があります。

そう、「からし蓮根」です。

以前、こちらの記事でも紹介していました。

あの黄色い衣、輪切りにしたときに現れるユニークな断面……。

馬刺しと並んで熊本を代表する郷土料理ですが、「なぜこれが熊本だけにあるの?」と疑問に思ったことはありませんか?

実はその誕生には、400年前の病弱なお殿様と、彼の好き嫌いを乗り越えようとした禅僧の知恵が関係しています。しかも長い間「藩の門外不出の秘伝」とされ、庶民は食べることすら許されなかった料理だったのです。

この記事では、からし蓮根誕生のドラマと「なぜ輪切りなのか」という秘密を、歴史とともにわかりやすく解説します!

 

そもそも「からし蓮根」って何?知らない人のためにおさらい

まずは基本から確認しておきましょう。

からし蓮根とは、茹でた蓮根の穴にからし味噌を詰め、黄色い衣をつけて油で揚げた料理です。

からし蓮根

一口食べると、ツーンと鼻に抜ける辛さとシャキシャキした歯ごたえが楽しめます。芋焼酎との相性も抜群で、熊本の居酒屋ではほぼ必ずと言っていいほどメニューに並んでいます。

その知名度の高さは数字にも表れています。

2022年に熊本日日新聞・西日本新聞・南日本新聞が行った合同アンケートで、「熊本のお土産といえば何か」という質問に対してからし蓮根はベスト3に入るほど。熊本市民にとっては「スーパーで普通に買える惣菜」というごく日常的な存在です。

全国的に見ると「なぜこれが熊本だけにあるの?」と不思議に感じる方も多いはず。その理由を、歴史をさかのぼって紐解いていきましょう。

 

誕生のきっかけは「お殿様の好き嫌い」だった

病弱だった細川忠利公と、心配した禅僧の話

時は寛永九年(1632年)。肥後細川家の初代藩主として熊本を治めていた細川忠利公は、日頃から体が病弱で食も細く、周囲を心配させていました。

そんな忠利公の健康を案じていたのが、羅漢寺の禅僧・玄宅和尚(げんたくおしょう)です。

「何か栄養になるものを食べさせられないか」と苦心していた玄宅和尚は、和漢の書物を調べる中でれんこんに増血効果があることを発見しました。しかも当時の熊本は沼地が多く、そこら中に蓮が繁茂していました。

さらに、前の藩主・加藤清正公が熊本城の外堀に非常食として蓮を植えていたという好条件まで揃っていたのです。

「これは使えるぞ!」と玄宅和尚は意気込みました。

熊本城の外堀

「泥の中のものは食べぬ!」好き嫌いの壁に直面

ところが、そう簡単にはいきませんでした。

和尚が蓮根を調理して差し出すと、忠利公はきっぱりと言い放ちます。

蓮根は泥の中で育った不浄なもの。そのようなものは食べられぬ。

現代でいえば「野菜が嫌いで絶対食べない子ども」そのもの。お殿様というのは江戸時代もなかなか大変だったようです(笑)。

困り果てた玄宅和尚は、なんとか忠利公に食べさせる方法を考え続けました。

禅僧が考え出した「バレない工夫」

そこで玄宅和尚が思いついたのが、こんな作戦でした。

蓮根だとわからない形に変えてしまえばいい!

和尚は藩の料理人・森平五郎(もりへいごろう)に命じ、新しい料理を考案させました。

その方法とは、麦みそに和からしを混ぜて作った「からし味噌」を蓮根の穴にたっぷり詰め込み、小麦粉・空豆粉・卵の黄身で作った衣をつけて油で揚げるというもの。

仕上がった料理を忠利公の前に差し出すと……。

口に入れた瞬間、辛さがツーンと鼻を抜け、独特の風味が口いっぱいに広がります。忠利公はたちまちこの料理の虜になり、なんと常食するほど気に入ったのです。

その効果はてきめんで、食欲が増した忠利公はみるみる体が丈夫になっていったと伝えられています。

 

「輪切り」である本当の理由──家紋との驚きの一致

ここからが、からし蓮根で最も面白いポイントです。

忠利公がこの料理をとりわけ気に入った理由がもう一つありました。それは、からし蓮根を輪切りにしたときの断面にあります。

蓮根を輪切りにすると、中央に大きな穴があり、その周囲を複数の小さな穴が取り囲む形になります。この配置が、細川家の家紋である「九曜紋(くようもん)」に驚くほどそっくりなのです。

九曜紋とは、中央に大きな丸、その周囲を8つの小さな丸が取り囲む形。蓮根の穴の数は品種によって異なりますが、九曜紋に見立てられるほど似た配置になることから、忠利公はこれを大変喜んだといいます。

からし蓮根の断面と細川家の九曜紋

からし蓮根の断面と細川家の九曜紋

 

その結果、忠利公は「からし蓮根の製造方法を藩の秘伝とし、他家に漏らすことを禁ずる」と決定。明治維新が来るまでの約240年間、からし蓮根は細川藩だけの門外不出の料理として守られ続けたのです。

つまり「なぜからし蓮根が熊本だけに存在するのか」という答えはここにあります。

家紋にそっくりな断面を見せるために輪切りにされ、その輪切りの美しさゆえに秘伝とされた。この歴史が、今日の形のからし蓮根を生んだのです。

 

明治維新で「解禁」──庶民の食卓へ広がるまで

明治維新を迎えると、長年秘密にされてきたからし蓮根がついに庶民の前に解放されました。

そして、藩の料理人として初代のからし蓮根を作った森平五郎の子孫が、明治時代に専門店を開業します。

それが現在の「森からし蓮根」。なんと今は18代目がその伝統の味を守り続けています。

ちなみに、農林水産省のデータによると、からし蓮根の製法は江戸時代からほとんど変わっていないとのこと。400年近く前に森平五郎が考えたレシピが、形を変えずに今日まで受け継がれているのです。

この歴史の深さもまた、からし蓮根が「ただのお土産グルメ」ではない証拠といえるでしょう。

 

知っておくともっと楽しい「からし蓮根」の豆知識3選

① 衣が黄色い理由

あの鮮やかな黄色は、ターメリック(うこん)が使われているためです。うこんにも体に良い成分が含まれており、もともと薬膳料理として生まれたからし蓮根らしいポイントといえます。

② 江戸時代から変わらない製法に込められた知恵

和辛子粉を使うのは「のぼせ止めのため」、空豆粉を入れるのは「時間が経っても固くなるのを防ぐため」とされています。

400年前の先人たちが、味だけでなく食べやすさや体への影響まで考えていたことがわかります。

③ 揚げたてvs冷やして、どちらが美味しい?

揚げたては衣がサクサクしてホクホク。辛さもしっかり感じられます。

一方、冷やすと辛みがまろやかになり、蓮根本来のシャキシャキした歯ごたえが際立ちます。

どちらも全く違う美味しさなので、ぜひ両方試してみてください!

 

熊本市内でからし蓮根を買える・食べられるスポット

熊本市内には、からし蓮根を購入・体験できるスポットがいくつもあります。

森からし蓮根(熊本市中央区新町2丁目)

森からし蓮根本店の店舗外観

18代目が守る本家本元の老舗専門店。江戸時代から続く伝統の製法で作られた一品は、ぜひ一度味わってみてほしい逸品です。

村上カラシレンコン店(熊本市中央区新町3丁目)

村上カラシレンコンの店舗外観

3代目が守る専門店で、からし蓮根の手詰め体験ができることでも有名です。自分でからし味噌を詰めて揚げる体験は、旅の思い出になること間違いなし!

市内のスーパー・物産館

地元熊本では、普通のスーパーでもからし蓮根が並んでいます。価格も手頃でお土産にも最適です。また、熊本駅や熊本空港のお土産売り場でも手軽に購入できます。

森からし蓮根の辛子レンコン

 

まとめ

病弱なお殿様の好き嫌いを乗り越えるために禅僧が知恵を絞り、偶然にも細川家の家紋に似た断面が約240年の秘密を守った。からし蓮根には、そんなドラマチックな歴史が詰まっています。

熊本を訪れた際は、ぜひからし蓮根を輪切りにして、その断面をじっくりと眺めてみてください。

九曜紋に重なる穴の配置に気づいたとき、400年前のお殿様と禅僧のやりとりが、きっと頭の中に浮かんでくるはずです。

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  • 記事を書いたライター
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グルメや観光情報、おすすめスポットなどを紹介している『ぐうの日々もろもろ』を運営。熊本日日新聞社が発行しているフリーペーパー「くまにちすぱいす」にもグルメ記事を寄稿中。

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