【思い出特集】1980年代のアーケードゲーム全盛期に、熊本市内にあったゲームセンターたち

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レトロゲームセンター高田馬場の「ミカド」

今年2月、NHKの「ドキュメント72時間」が東京・高田馬場のゲームセンター「ミカド」を取り上げていました。ここは、レトロゲーム専門のゲームセンターで、1980年代から90年代の名作アーケードゲームがずらりとならんでいます。

(NHKのホームページの番組内容紹介)

東京・高田馬場に「ゲーマーの聖地」と呼ばれるゲームセンターがある。平日で500人、休日には1000人ものゲーム好きが訪れる。目を引くのが、ずらりと並んだ格闘ゲーム。見ず知らずの者同士が熱いバトルを繰り広げ、店内には不思議な連帯感も生まれている。「勝った・負けた」を実感したいというサラリーマン。「年齢・性別を超えた真剣勝負がたまらない」と語る女性。ゲーマーたちの知られざる戦いを追う3日間。

ミカドはJR山手線高田馬場駅のすぐ近くにあるので、東京に行った時に時間があれば、ここに寄って、子どもの頃ゲームセンターに通っていたころのことを懐かしく思い出します。

高田馬場駅の戸山口を出て、線路沿いの西側の道を北上すると店舗の入り口が見えてきます。

高田馬場駅戸山口

高田馬場駅沿いの道

看板は地味なので、よく見ていないと見落とすかも。2階もあります。

ミカド正面入り口

先日、東京に行ったので、立ち寄りました。グラディウスとグラディウス2が1ゲーム100円から、200円に値上げされていました。あと、グラディウス3は300円に。延々とループする人がいるからかなと思っていたら、やはりそうでした。NHKの放送でファン層が掘り起こされたのかもしれないですね。


1980年代から90年代にかけて、熊本市内にもたくさんのゲームセンターがありました。今では、ほとんどがなくなってしまいましたが、当時のことを懐かしく振り返ってみました。(記事掲載後に閉店の時期について情報をいただきましたので、追記しています)

白山通りにあった「プラザ」

1980年代後半ごろよく通っていました。2階建てで、色々な種類のゲームが充実していました。セガの体感ゲーム「ギャラクシーフォース」「アウトラン」「アフターバーナー」などが一通りそろっていたほか、テーブル筐体のゲームも揃っていました。

当時、「ゲーメスト」というゲーム専門誌があって、そこにプラザでのスコアが掲載されていました。当時通っていた友人によると「アウトラン」の全国ハイスコアが異常に早くて勝てず、「ギアガチャ」という裏技を駆使していたのではないかとのことです。

ギアガチャとは、その名の通り運転しながら、ギアを激しくガチャガチャすると、通常ではありえないショートカットができたりする技でした。やりすぎるとシフトレバーが壊れるので禁止している店もあったそうです。

現在は病院になっています。閉店は2003年9月21日と書かれたブログがありました。その頃は熊本市内に住んでいなかったので、気づきませんでした。隣の空き地の部分まで、敷地だったと思います。

プラザ

現在も営業をしている「スポラ」

「プラザ」のすぐ近くに、1990年ごろにできたように記憶しています。「すぐ近くにできたなあ」という印象を持ったくらいで、実際に入ったことはほとんどありません。今回、中に入ってみると、音ゲー、格闘ゲー、スロットなどが並んでいました。

上の階には、バッティングセンターやボウリング場もあります。

スポラ

上熊本駅前にあった「月世界」

1980年代前半には少なくともあった、「月世界」というゲームセンター。「ドルアーガの塔」「闘いの挽歌」などのゲームが置いてありました。

同級生が「ドルアーガの塔」にはまっていて、ネットがない時代に宝箱の出し方を地道に通い詰めて探っていたのを聞き、すごいなと思いました。

すぐ近くに「月世界」という名前のキャバレーがあったがそうですが、両者の関係性はあったのでしょうか。

現在は学習塾になっていました。上熊本駅も新しい駅舎になっていて、当時の面影はすっかりなくなっています。

月世界

熊大のすぐ隣にあった「スタジオ?」

この立地からして、熊大生がメインターゲットだったのでしょう。

タイトーの「ダライアスⅡ」の筐体があったのを覚えています。現存する建物には「スタジオ」という文字はないのですが、当時は「スタジオ」と呼んでいた記憶があります。寄せ得られた情報によると、白山プラザの系列になって「プラザショールーム」になったとのこと。確かにそういう文字が残っていました。

建物自体は当時のものが残っているようです。人の出入りがあるようには見えませんが、割と最近まで営業していたのかもしれません。いただいた情報によると、閉店は2010年ごろということです。

スタジオ

子飼橋のたもとにあった「ファンタジア」

1990年ごろ、パチンコ店の跡に建設されたような気がします。1階にはメダルゲームやセガの体感ゲームがありました。中二階のようなところがあって、テーブル型のビデオゲームがたくさん置いてあった記憶が。たしか「ファンタジア」という名前でした。複数の人(自分より若い)から店名は「VIPファンタジア」だったと指摘がありました。途中で店名の変更があったのかもしれません。あるいは最初からそうだったのかも…

さらに上の階はボーリング場になっていて、熊大や学園大の学生でにぎわっていました。

ここでは、ナムコのシューティングゲーム「ドラゴンスピリット」をプレイしていた思い出があります。

現在は駐車場になっていました。閉店は2008年ごろだということです。

ファンタジア

今も営業を続けていた「大江ゲームセンター」

1980年代後半ごろには営業していました。なんと今でも営業を続けていました。

現在も1980年代とほぼ変わらない外観です。20年ぶりくらいに中に入ってみると、テーブル型の筐体はなくなっていました。対戦型の格闘ゲームや、麻雀ゲーム、スロットマシーンなどが並んでいました。

公式ホームページもできていて、店内の見取り図が紹介されています。Twitterアカウントもできてるようです。

コナミのパロディウスグラディウスⅢが置いてあったので、少しだけレトロゲームの香りを感じさせます。ゲームのエリアが少し減って、店舗の一角がちょっとした駄菓子や食料品を売るコーナーになっていました。

当時は、朝の開店時間に行くと、缶ジュースをサービスでもらえました。コナミのグラディウスの筐体は、バブルシステムを使っていて、起動時に音楽が流れます。開店直後の店内にこの起動音が流れていました。電子音とはいえ、どこかバロック音楽を思わせるようなメロディです。これを聞くと、休みの日に朝っぱらから薄暗いゲームセンターにいる背徳感がよみがえってきます。

ここは、「沙羅曼蛇(サラマンダ)」の専用筐体があったのが印象に残っています。

大江

水前寺駅の近くにあった「大一ゲームセンター」

1980年代後半に通っていました。周辺に高校が多いことから、高校生のたまり場のようになっていました。大一と書いて「だいいち」と読みます。

体感ゲームを置くようなスペースはなく、その代りテーブル型の筐体がずらりと並んでいました。コナミの「グラディウス」シリーズをはじめ、セガの「ファンタジーゾーン」、ナムコの「源平討魔伝」、テクモの「アルゴスの戦士」とかカプコンの「魔界村」とか、有名どころのゲームはたいてい置いてありました。

現在はネットカフェに姿を変えていましたが、建物自体は当時と変わっていないようでした。

大一

まとめ

今回はレトロゲームに触発されて、かつて熊本市内に存在したゲームセンターを(知っている範囲で)振り返ってみました。

当時は家庭用ゲーム機器も初代ファミコンくらいしかない黎明期で、美しいグラフィックや高音質の本格的なゲームを楽しむならゲームセンターに行くしかありませんでした。その後、ゲーム機器も飛躍的に進歩し、次第に専門のゲームセンターも下火になっていったのでしょう。タバコの煙の匂いが漂う、ちょっと薄暗い店内の雰囲気がまた懐かしい。

体感ゲームなどを除き、たいてい50円で2ゲームできるという設定だったので、腕前が上がると一つのゲームを延々とプレイし続けることも可能でした。お店にとってはあまり有り難くなかったのかもしれませんが。

今回の振り返りは、熊本市内に限定した、自転車しか移動手段がなかった時代の思い出によるものです。たしか商業施設などの一角にゲームコーナーもあったし、実際にはもっとたくさんのゲームセンターがあったのかもしれません。

東京に行く機会があったら、またミカドに行って当時のことを懐かしく思い出したいものです。


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